歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

『どこから行っても遠い町』

 川上弘美さんの小説『どこから行っても遠い町』は何度読んでも不思議な小説です。作中人物はさまざま境遇、年代の人物であり、自分自身との共通点は見出せないにもかかわらず、あたかも自分が体験しているかのように、身体や心が反応するのです。決して作中人物に同化しているわけではなく、あくまで距離をおいて読んではいるのですが。

 この小説には、全く異なるいくつかの人生の一部が描かれているのですが、その中に、不確かで、どうにかこうにかバランスを保って成り立っている日常の危うさを見出だしながら読んでいるように思います。普段はそのことを意識することはないのですが、不確かで、何かの拍子でバランスを失ってしまいかねないことは、人生の実相と重なっているのだと思います。

 自分自身が前向きで心身ともに充実しているときには、この小説の世界は人生の可能性や多様性としてとらえられます。その反面、不調のときには不安が高まり、恐怖で身がすくんで一歩も前に進めないような感覚に陥ります。

 けれども、どちらの場合であっても、小説の最後で救われるような気持ちになります。高揚感もおさまり、不安や恐怖も和らいでいきます。本当に不思議な小説です。