歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

原爆の体験講話を聴いて

 広島で原爆を体験した方の講話を聴くことができました。私自身は20代の時に一度聴いて以来のことになります。その時以上に心を揺さぶられるように感じたのは、自分にとって大切だと思う存在が増えたためでしょうか。それとも、時代にきな臭いものを感じるからなのでしょうか。

 今回の講話は高校生とともに聴きました。体験談に聴き入る表情を見、感想文を読むにつけ、体験にもとづく言葉の力を感じないではいられませんでした。講話を聴いた高校生のほとんどが、核兵器や戦争の惨禍を、体験を聴かせていただいた者の責任として、自分が伝えていかなければならないと感じていたのです。これこそ、現在の教育現場で求められている「主体性」の発露です。

 言葉の力は、限界もあって万能ではないけれども、それでも私たち人間は言葉の力を信じるしかないのだということを、再確認しています。

 伝わるか否かは定かでないけれども、言葉の力を信じて語ることなしには、人間にとって大切なことは伝えられないのです。そんなことを、講師の方と高校生から教えられました。