歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

二十世紀梨

 鳥取の名産品として思い浮かべるもののひとつが、二十世紀梨です。ハウス栽培のものは8月上旬に店先に並びますが、地物は8月下旬から出荷が始まります。通勤経路上にある梨の選果場にも、人や大型トラックが往来し、にわかに活気を呈しています。

 二十世紀梨の栽培は手間がかかり、重労働です。そのためか、梨の栽培をやめてしまう農家も少なくありません。そんな状況でも、創意工夫を凝らして梨の栽培を続けておられる農家の方々には頭がさがる思いです。私の伯父も梨の栽培をしていましたが、突然この世を去り、その家は間もなく梨の栽培を断念しました。伯父の葬儀の日、諸々の法事終えたのち、その日のうちにどうしても終えなければならない袋かけの作業があって、親戚が総出で夕闇が迫る中を作業したことが忘れられません。当時、私は学生でしたが、「生きていくのはたいへんだ」となぜか強く感じました。

 最近は二十世紀梨以外の品種も作り出されていて、先日は鳥取県内のある道の駅で、若い人々にも訴求するような販売をしているのを見かけました。それでもやはり、鳥取の梨といえば二十世紀梨を思い浮かべるのは、自分の体験によるものでしょう。

 かくも知られた二十世紀梨ですが、二十世紀梨と関わりの深い文学作品を思い浮かべることができません。二十世紀梨を扱った小説を書いたらどのような作品になるのでしょうか。そんなことを想像しています。