歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

情報社会 東京に求めること

 昭和十年代のある雑誌に掲載された記事を読みたいと思っていたところ、国会図書館にだけあると分かりました。地元の図書館に問い合わせると、鳥取で複写したものを見ることができるという回答でした。私の学生時代なら、間違いなく東京までいかなければ読むことができないものです。本当に便利になりました。

 大学4年のちょうどこの頃に同じゼミの学生と上京し、国会図書館国文学研究資料館へ行きました。先行論文や専門書を入手するためです。また、指導していただいていた先生の御自宅に伺うことも目的の一つでした。国文学研究資料館立川市に移転する前のことです。複写は1枚50円程度ではなかったかと思いますが、とにかく必死で蔵書を検索し、閲覧しては、必要な部分の複写を依頼することを繰り返しました。そのようにして入手した論文や書籍の複写は貴重品そのものでありました。分かってはいたものの、東京と地方都市とではこんなにも研究環境が違うのだと愕然としたのもこの時です。

 そういうわけで、「東京に行く、即ち、本を探しに行く」という行動様式は今も変わらず、東京の大きな書店には良い本があるのではないか、神田の古書店には何か掘り出し物があるのではないかと期待して上京します。本との出会いを求めていくようなものです。古書店で思いがけない書物と出会い、財布の中身と天秤にかけてしばらく悩むのも楽しいものです。

 情報社会のおかげで、東京と地方都市の間の情報格差は縮まっていることは望ましく、とても有り難いことです。入手したい書物がはっきりとしている場合には、OPACなどの蔵書検索システムや、書籍の通信販売は効率的です。しかし、本との思いがけない出会いを求めている者にとっては、大型書店がいくつもあり、専門書を扱う古書店が立ち並ぶ東京は魅力のある都市であることに変わりはありません。