歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

先輩の道案内

 就職して最初に赴任した職場には旅行好きな先輩が多く、飲み会での話題はつねに旅の経験談でした。そして、旅の行き先は必ず文学が関係していました。先輩たちの話に刺激されて、二十代には夏期休暇を利用して奈良をよく訪ねていました。

 とにかく、お金をかけずに、できるだけたくさん見て回ろうと欲張っていました。今思うと、若く、体力があったからできたことだと思います。インターネットもまだない時代のこと、旅行の計画はガイドブックと分厚い時刻表とが必須のアイテムでした。そのガイドブックと時刻表を入手するところから旅は始まります。限られた時間とお金で、効率よく回るにはどのような交通手段を利用して、どう回るのがよいのかとあれこれ苦心するのが楽しみであった思います。

 その中でも、浄瑠璃寺は先輩たちのお話しを聞き、どうしても行きたいと思った寺院です。堀辰雄の『浄瑠璃寺の春』の話におよび、「やはり、春がよい」と主張する先輩もいれば、「いや、秋こそ風情がある」と反論する先輩もいて、結局はいつでもいいから一度は行って見るべき所だという意見で一致するのでした。先輩のいうとおりの経路をたどって浄瑠璃寺に向かいました。コインロッカーに荷物を預けるお金も惜しんで、大きな荷物を背負いながら、バス停を降りてから1キロメートルほどの山道を、何台もの観光バスに追い抜かれながらようやくたどり着くことができました。盛夏ゆえ、花は限られていましたが、濃淡さまざまな緑と、樹木が形成する陰影の美しさを味わったのを覚えています。

 浄瑠璃寺への行き方をインターネットで調べてみると、浄瑠璃寺のすぐそばにバス停があるようです。もしかしたら、25年ほどの前に私が訪れた時にもあったのかも知れません。炎天下をしばらく歩いたから、自然と陰に目が向けられたのだと考えると、先輩のアドバイスは的確だったと今更ながら感謝するのです。