歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

真夏の水やり

 これだけ暑い日が続くと、庭の植物も元気がなくなります。朝にたっぷりと水やりしても、夕方にはプランターや鉢に植えた植物はすっかり萎れてしまっています。そういうわけで、毎日、朝夕と水やりに精を出すことになります。朝、睡蓮の葉の上に座っていたカエルが、夕方にもそのままいた時などは、「暑い中、お疲れ様」と声をかけたくなります。どんなに萎れていても、たいていの草花は水をやって30分もすれば活き活きとしてきます。そんな姿をみると、面倒臭いのを我慢したかいがあったと、思います。厄介なのは樹木です。水やりが必要かどうかが分かりづらい上に、水やりの成果が草花ほど顕著に表れない。けれども、例えばモミジなどは夏の水やりしっかりとしないと、秋になる前に葉が落ちてしまい、紅葉を楽しむところにいたりません。

 成果がすぐに表れたり、顕著に変化が確認できるものには対処の方法も比較的分かりやすく、取り組みやすいものです。一方で、成果がすぐに表れないものや、変化が小さなものについては、対処の方法に疑念が生じ、取り組みも疎かになりがちです。

 「物事にはすぐに結果が表れるものもあれば、すぐには結果が出ないものもある。」そんな、あたり前のことを睡蓮の葉に只管打坐するカエルに教えられながら、今夕も水やりをしました。