歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

自分の勘を信じて

1ヶ月半かけて漱石の『こころ』を読んできましたが、いよいよ学習のまとめです。生徒たちも、なぜ「K」や「先生」は死を選んだのかということに関心が向くところです。これについては、多くの研究者たちがさまざまな見解を述べています。私は日本の明治と…

芸術の秋

研修で上京した際、上野の国立西洋美術館に行き、「北斎とジャポニスム」を観ました。金曜日と土曜日は午後8時まで開館と聞いたので、研修後に行くことができました。 前回、西洋美術館を訪れた時は閉館中であったため、柵の側でぴょんぴょんと飛び跳ねて、…

文学を語れる嬉しさ

研修で上京したのを機に大学時代の恩師を訪ねました。体調がすぐれないように伺っていたので、あまり長居しないようにしよう(1時間でおいとましよう)と思っていたのに、気がついたら3時間も話しつづけていました。本当は、これから取り組もうと考えてい…

町内会の話し合い

町内会の会合があり、大雪の際の対応について話し合いました。鳥取は今年の2月に記録的な大雪に見まわれ、公共交通機関が何日間かストップしてしまいました。そうなると、自家用車を利用せざるを得なくなるため、道路の除雪が必要となるのです。今冬の対応を…

古典文法をどう理解させるか

古典文法、特に助動詞ついて理解を深めることは、古典作品を読み味わうために必要です。私も、先輩教師からいろいろな工夫を教わりながら、指導法についてようやく自分の型ができたように感じています。そして、もっとよい方法はないかと模索する毎日です。 …

小説教材の難しさ

授業で小説を読むとき、「難しいなあ」と感じることがいくつかある中で、最も課題となっているのは語彙力です。評論文であれば、ある表現の説明をするときにせよ要旨をまとめるときにせよ、基本的には本文中の語句で述べることができます。ところが小説の場…

池田亀鑑先生と古さとのことば

池田亀鑑先生は鳥取県西部のご出身です。日本の古典文学に関心のある人なら誰でもその名と業績を知っているところです。大学に入学して間もない頃、私が鳥取出身であることを知った教授(万葉集の講義をされていた)が、池田先生の業績やご苦労、国文学に対…

ノーベル賞といえば

ノーベル賞が話題になる頃、「今年こそは村上春樹が文学賞を受賞するのでは」と取り上げられるのはもはや恒例行事のようになってしまっています。ハルキストと呼ばれる方々の心中はどのようなものでしょうか。 国語科教員のうち、国語科教育を専攻した人には…

古事談を通読して

『新注古事談』(笠間書院)を読みました。これまでは、他の説話集との比較をする際に該当する説話を読んだだけで、通読したのは初めてです。説話というよりも、挿話的なものがかなりあって、しかもそれらに興味をそそられます。歴史や古典文学に関心がある…

漱石の『こころ』を読むにあたって

夏目漱石の『こころ』は高等学校の現代文の定番教材です。私はこの小説を授業で読むのが恐いのです。教員となって初めて授業を受け持った生徒とともに、『こころ』を読みました。その生徒たちのうちの一人が、大学進学後、自ら命を絶ちました。その枕元には…

農村の変化

先週末に、30人ほどが小さな神輿を担いで歩いているのを見かけました。稲刈りを終える時期なので、秋の収穫に感謝するお祭りなのでしょう。年齢層は様々でした。印象的だったのは、神輿の後をついて歩く人の姿でした。スマートフォンに見入りながら歩く母…

改めて自分の仕事の意義を考える

中学校、高等学校の国語科教科書に採録される古典文学作品には限りがあります。また、採録されたとしても作品のごく一部に過ぎません。例えば、『平家物語』については、後半部分がほとんどで、清盛存命中の部分はまず出てきません。俊寛僧都が鬼界ヶ島に流…

『どこから行っても遠い町』

川上弘美さんの小説『どこから行っても遠い町』は何度読んでも不思議な小説です。作中人物はさまざま境遇、年代の人物であり、自分自身との共通点は見出せないにもかかわらず、あたかも自分が体験しているかのように、身体や心が反応するのです。決して作中…

読書を演出するもの

秋分の日も過ぎ、秋の気配が深まるこの頃は、夜に虫の声を聞きながら読書にふけるのは、この上なく心地よいものです。窓を開け、虫の声とともに流れて来る冷気もまた秋の風情を感じさせるものです。 海辺に近い学校に勤務したことがきっかけで、釣りが好きに…

読みたいと思う本出会わなくなって

面白いものはないかと、書店に出かけるのですが、私の興味を引くものがあまりありません。以前は書店に行くたびに数冊は雑誌も買っていましたが、現在は心をひかれる内容のものがありません。新書も目次を見ただけで内容が分かってしまうようなものや、消費…

街へ買い物に

同僚へのお見舞いにと、お菓子を求めて駅前に買い物にでかけました。当地でも、郊外に大型ショッピングモールができたため、駅前に買い物に来ることもなくなっていました。 洋服のディスプレイはすっかり秋の装いです。洋菓子店もハロウィンをモチーフにした…

原爆の体験講話を聴いて

広島で原爆を体験した方の講話を聴くことができました。私自身は20代の時に一度聴いて以来のことになります。その時以上に心を揺さぶられるように感じたのは、自分にとって大切だと思う存在が増えたためでしょうか。それとも、時代にきな臭いものを感じる…

野分のまたの日に

秋の台風がやって来ると、『枕草子』の「野分のまたの日こそ…」で始まる章段を思い出します。 作者の着眼点や美意識に読者の感受性を刺激されることは間違いないのですが、現代人には「をかし」と評するのはある種のためらいを禁じ得ません。身の回りで被害…

高校生のコピペレポートから考える

高校生に夏季休業中の課題としてレポートの提出を求めました。テーマは研修旅行での研修内容に即して自分で設定し、A4版レポート用紙2枚以上、二つ以上の資料を用いるということを条件としていました。 結果は、「コピペ」で字数を埋めたものがほとんどで、…

最後の米

今日、コイン精米機で米をつきました。我が家で、こうして、玄米を精米して食べるのもおそらくこれが最後になると思われます。 私の両親筋も数年前に稲作をやめました。そのときの「退職してからでもいいから、お前が米を作ってくれたら…」と遠慮がちに言っ…

鳥取県民の日に思う、県立美術館。

鳥取に県立美術館を作ることが決まり、どのような美術館にするのかということについて具体的に検討を始めているようです。 美術とは離れてしまうかも知れませんが、展示するものと展示する場所の調和はとても大切だと実感したことが何度かあります。建仁寺の…

人の力になりたいと感じたとき

人間関係というものは考え始めると結局何が正しいあり方なのかが分からなくなってしまいます。「親切」であるはず言動が、相手を不快にさせたり、他人に誤解されたりといった経験をすると、私なぞは積極的に人と関わることそのものに臆病になってしまいます…

行平と八上羽子板

1935年に板祐生さんが著した「山陰の郷土玩具概見」には、「八上羽子板」のいわれを伝える伝説が紹介されていることは、先日記したとおりです。この伝説では、八上羽子板作り方を伝えたのは在原行平であるとしています。 行平は、強賊を討伐せよとの文徳天皇…

文学の専門性と国語という科目

高校生に「文学とはどのようなものですか」と尋ねてみました。予測したとおり、生徒たちにとっても難問であったようで、ずいぶん考え込んで、結局のところ定義できませんでした。 学校のカリキュラムにある教科のなかで、国語ほど、大学で専門的に学ぶことと…

むしの知らせ

大学時代に同じゼミに所属していた同級生が亡くなったと聞き、気持ちが沈んでいます。今夏はなぜか大学時代が思い出されたのは、むしの知らせというやつだったのかも知れません。 彼女の卒論は『宇治拾遺物語』の笑いに関するものでした。 秋の気配が漂い始…

文化を自分のものにするために

民謡を現代風にアレンジして演奏活動を行っている、NeoBallad(ネオバラッド)の公演に生きました。音楽のアレンジをしておられる上領亘さんは、ご自分が民謡の素晴らしさに気付いたご経験を語られたのち、民謡という文化を自分のものだと思ってもらいたいと…

二十世紀梨

鳥取の名産品として思い浮かべるもののひとつが、二十世紀梨です。ハウス栽培のものは8月上旬に店先に並びますが、地物は8月下旬から出荷が始まります。通勤経路上にある梨の選果場にも、人や大型トラックが往来し、にわかに活気を呈しています。 二十世紀…

読書感想文の楽しみ

夏休みの宿題の定番ともいえる読書感想文は、多くの生徒にとっては特に億劫に感じるもののようです。インターネットには、様々な読書感想文対策のwebページがありますが、それは答えを自分の外に求めようとする思考様式を反映しているように思われます。 そ…

短くなる夏休みと探究活動

今年の夏は、珍しく、県外の研究会に参加することも、旅行に行くこともありませんでした。そのおかげもあって、例年になく時間的なゆとりがあり、これまでほとんど見向きもしなかった、故郷の文化や風土が持つ価値に気付くこともできました。そして、伝説や…

在原行平と八上羽子板

鳥取県には在原行平にまつわる伝説がいくつかあります。その中には、記念物がなくなるとともに伝承されなくなったと思われるものもあることは、先日も申し上げたとおりです。 板祐生さん(1889-1956)は鳥取県西部の現南部町に生まれ、教師として生涯を過ご…