歩いて、読む。

日々の雑感。ときどき、ちょっと文学。

池田亀鑑先生と古さとのことば

 池田亀鑑先生は鳥取県西部のご出身です。日本の古典文学に関心のある人なら誰でもその名と業績を知っているところです。大学に入学して間もない頃、私が鳥取出身であることを知った教授(万葉集の講義をされていた)が、池田先生の業績やご苦労、国文学に対する情熱を話して下さいました。偉大な国文学の研究者が同郷出身であることに励まされたものです。

 その池田先生の随筆を、ふとしたことから読むことができました。『忘られぬお国言葉』という、昭和30年代発表されたもののようです。鳥取方言の思い出に触れたり、国文学者らしく語源を考察したりしながら、「古里の言葉は忘れないでゐたいものである。」という一文で文章は締めくくられています。

 この随筆では、東京でも方言そのままで話することを、「実に気持ちがいい」と言い、そのような人を「善意の人」、「実意に満ちた人」と好意にみちた表現で賛美しています。

 私自身の周りでは、自分の故郷の言葉でない言葉で話す人が増えてしまいました。どこか自分のものになっていない、浮ついた、気取った言葉で話すように感じられうんざりしています。池田先生が、どこにいても自分の故郷の言葉で話す人を「実意に満ちた人」と評したのは、ことばの力や大切さをよく理解していらっしゃったというだけでなく、故郷を大切に思う気持ちがおありになったからなのでしょう。

 方言の問題でなくとも、自分のものとなったことばで語りたいものだと改めて感じています。